八戸市ゆかりの有名人も実は結構います。
歴史の教科書の中に名前が出てくる人物からテレビの中で顔を見る人物まで…。
一部を掲載しますので休憩がてらご覧下さい。
秋田出身で江戸時代の思想家である安藤昌益は、40歳頃に八戸にやってきて居住するようになりました。医師を務めながら寒冷の地であるため貧しい東北北部の人々が豊かになることのできる社会のための思想を深め、『自然真営道』とこれを要約した『統道真伝』を発刊しました。現在の八戸市のヤグラ横町と十六日町に碑が建っています。
1960年に『忍ぶ川』で芥川賞を受賞した作家の三浦哲郎は、八戸市の三日町に生まれました。その地には碑が建てられています。「十五歳の地図」「おりえんたるぱらだいす」などの作品には、その生まれた三日町周辺の出来事が記されています。現在でも数多くの作品を発表し続ける作家の一人です。
雑誌『家庭の友』『婦人之友』を創刊し、自由学園を創設した日本初の女性記者でもあり教育者でもある羽仁もと子は、八戸市の長横町で生まれました。なお、夫も報知新聞記者時代の同僚記者で、弟もジャーナリスト、妹は八戸市内に高校・幼稚園などを有する千葉学園の創立者と、一族でジャーナリスト&教育者です。市内の沢里に「羽仁もと子記念館」があります。
日本初のトーキー映画『マダムと女房』の原作者として知られる北村小松は、八戸市の長横町の生まれです。幼少時代から興味を持った飛行機などに影響され、先駆的な小説やシナリオなどを数多く残し、それらは小松左京・石原慎太郎などに影響を与えたといわれています。
西有穆山は八戸市の港町出身の僧侶です。明治維新時代、神仏分離令により廃れようとしていた仏教界を救い、八戸・札幌・横浜・シンガポールなどに数多くの寺を開山・開基しました。晩年は大本山総持寺貫首、さらには曹洞宗の管長を務めました。現在、市内の新井田にある「西有児童公園」に銅像が建っています。
現在テレビなどで活躍するタレントである田中義剛さんは、北海道出身と思っている方が多いかもしれませんが、実は八戸市の出身です。八戸北高校在学中に旅行した北海道で見た牧場に憧れ、北海道酪農学園大学に進学し、その後芸能界デビューを果たし今は「花畑牧場」という自分の牧場を経営しつつ「カントリー娘。」のプロデュースなど芸能活動をしています。
今や日本を代表するアカペラバンド「ゴスペラーズ」のリードボーカルを務める北山陽一さんも八戸市の出身です。八戸高校から慶応義塾大学に進学、そこで現在のメンバーたちと出会い音楽活動を開始しました。現在はトップアーティストとして活躍しています。
2003年5月まで、フジテレビ系列「めざましテレビ」にて『ワールドキャラバン』の第三代目リポーターを務めていた蛭子直和さんも八戸市の出身です。日本テレビ系列「進ぬ!電波少年」で真中瞳さんとのシェルター堀りの企画でペアを組んだ事から本格デビューをし、現在に至ります。「めざましテレビ」にてリポーターを再度務めるなど、期待される新人さんです。
2005年7月にシングル「ソノサキニ」でメジャーデビューを果たしたタカチャさんは、八戸市出身のミュージシャンです。インディーズ時代からミニアルバムが注目を集めるなどし、またSMAPに楽曲を提供したりと精力的な活動をしてきました。青森県と八戸市を愛している、と公言(?)しており、2005年には八戸三社大祭の「おまつり広場」でライブも行いました。今後が注目される1981年生まれの若手です。
2004年アテネオリンピックより正式種目となった、女子レスリング競技に姉妹で日本代表となり出場した、伊調姉妹は、八戸市の出身で、長者小学校・長者中学校と在籍し、その間市内のレスリングクラブで練習を重ねてきました。
姉の千春選手は、48kg級に出場、決勝まで進んだものの惜しくも銀メダル、妹の馨選手は63kg級に出場し、金メダルを獲得しました。
なお、その栄誉をたたえ、八戸市民栄誉賞が授与されています。