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2002年12月に東北新幹線が延伸開業し、2005年3月には南郷村と合併した八戸市。
青森県No.2の都市であり、太平洋に面した八戸市を、いろんな方面から詳しくご紹介しましょう。


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■八戸市基本データ
全国マップ八戸市は、青森県の南東部、北緯40度30分、東経141度30分に位置しています。
左の全国地図で言えばだいたい青い丸印がつけてある場所になります。
地図の上にマウスのポインタを合わせていただければ、青森県の拡大地図に変わります。
ちょうど青く塗ってある区域が八戸市となります。
代表的な青森県内の市・村と名所に名前を振ってありますので、位置関係がお分かりいただけるでしょうか?
大まかに言って真ん中から左半分日本海や津軽海峡に面した地域が「津軽地方」、右半分の八戸市や下北半島を含む太平洋側に面した地域が「南部地方」と呼ばれています。

2005年3月31日に、お隣の旧三戸郡南郷村を編入合併し、現在の八戸市となりました。

蕪島のウミネコ八戸市の人口は約25万400人、面積は約305平方km。八戸市は南部地方において第一の都市、青森県においても第二の都市として栄えています。

そして、八戸の市民の鳥は市内鮫町にある国の天然記念物指定の蕪島(かぶしま)に乱舞する「ウミネコ」、市民の木は「イチイ」、そして市民の花は「菊」です。
「イチイ」は、この地方では「オンコ」とも呼ばれていて、民家の生垣などにもよく利用されています。「オンコ」はアイヌ語からきたものと考えられています。
市民の花「菊」に関しては、「祭でみる八戸市」をご覧ください。市章

八戸市の市章(マーク)は、左の図になります。
これは、「八戸」という文字と、藩政時代の南部藩の「向鶴の紋」を掛け合わせて図案化したものです。
市内いたるところ、マンホールのフタなどまでに見ることができます。

ところでなんで「八戸」という名前なのでしょうか?
他に「一戸」「二戸」「三戸」…と、同じように「戸」がつく地名が青森県南部と岩手県北部に集中して存在する事をご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
この名前の由来については諸説あるのですが、南部地方(青森県南部〜岩手県北部)の牧場制度が始まりといわれています。

この地域は軍馬の生産に適しており、そのため設けられた牧場を区画する際に、柵のある牧場=「戸」を9つ制定しました。ちなみに1つの「戸」には七ヶ所の集落が属していました。
その時に付けられた名前が現在も地名として残っているものなのです。

岩手県側に「一戸町」「二戸市」「九戸(くのへ)郡」が、青森県側に「三戸町」「五戸町」「六戸町」「七戸(しちのへ)町」「八戸市」があります。
「四戸(しのへ)」は現在では使われていませんが、青森県と岩手県にまたがるくらいのかなり広い地域をカバーする名称であったこともあり、使われなくなったとみられています。「四戸」は現在は苗字などにその名をとどめています。

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