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青い森鉄道 基本情報
はじめに  路線について  車両・ダイヤについて

「青い森鉄道」とは、東北新幹線盛岡−八戸間が開通すると同時に発足した第三セクターの鉄道会社の名前です。
新幹線が、従来の線路を通る「ミニ新幹線方式」ではない、新線のフル規格で建設される事が決まったため、昼間の特急が走らなくなる東北本線の重なる区間は大幅な減収が予想されます。
そのため、国がフル規格での新幹線建設の条件として出してきたのが、JR(計画当初は国鉄)東北本線の廃止でした。
廃止となると、新幹線が停車しない駅の沿線自治体は何の恩恵もなくなります。
そこで、救済策として、半官半民出資の第三セクター方式でなら線路の存続をする、ということになったのです。
会社設立まで紆余曲折はありましたが、2001年5月31日、岩手県との県境の青森県側の駅・目時(めとき)−八戸間を営業路線とする「青い森鉄道」が設立されました。
同様に第三セクターとしてJR東日本から経営が分離される岩手県側、盛岡−目時間は、「IGRいわて銀河鉄道」として再出発しました。
八戸駅 在来線改札口
□関連情報
「はやて」基本情報
青い森鉄道時刻表
青い森鉄道 ホームページ
IGRいわて銀河鉄道 ホームページ

■路線について
青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道路線図左はかなり長細いですが、盛岡−八戸間の路線図です。
茶色のラインがJRの路線、オレンジ色が青い森鉄道の区間、濃いブルーがIGRいわて銀河鉄道の区間です。
ちなみに、新幹線は図が見づらくなるため省いてあります。また、黄色のラインは、第三セクター鉄道の先輩・三陸鉄道の北リアス線と、私鉄である十和田観光電鉄です。青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道以外は、駅名・駅の場所を示す黒丸印は主要駅のみ記載しています。

新幹線と接続する駅は赤丸印の八戸・二戸・いわて沼宮内・盛岡です。新幹線の駅はすべて青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道と接続する事になります。

真ん中、緑の丸印の駅・目時が、青い森鉄道とIGRいわて銀河鉄道の会社境界の駅です。この駅は青森県三戸(さんのへ)町に属しますが、この駅を過ぎてすぐ川を渡ると岩手県となるため、県境ともいえる場所です。

2社の車両はほぼ相互直通をし、目時を終点とする営業電車はありません。お互い三戸や二戸(にのへ)など、はてはJR八戸線の鮫(さめ)まで顔を出し合います。もちろん、八戸−盛岡すべて走り通す電車も設定されています。

まずは青い森鉄道から簡単に沿線の説明をしましょう。

八戸駅は、東北新幹線と青い森鉄道の誕生により、JR東北新幹線・JR東北本線・JR八戸線・青い森鉄道、そして直通先であるIGRいわて銀河鉄道とJR大湊線(野辺地−大湊間、八戸より快速『しもきた』・臨時快速『きらきらみちのく』を直通運行)、JR奥羽本線(八戸−弘前間に特急『つがる』を運行)やJR北海道(八戸−函館間に特急『スーパー白鳥』『白鳥』を運行)との一大乗換え基地となりました。交通の要所なのです。

その八戸駅の次は、北高岩(きたたかいわ)駅です。ここはまだ八戸市内。線路は弧を描いているので、遠くに八戸駅が見えます。八戸の北西部の観光の足としても利用できますが、バスの接続はありません。

そして南部町(なんぶちょう)に入ります。
南部町は2006年1月に旧福地村・名川町・南部町が合併して誕生した新しい町です。
その福地地区に入り、苫米地(とまべち)駅となります。福地地区は新しい南部町の本庁舎があります。
さらに隣の名川地区に入り、剣吉(けんよし)駅となります。
名川地区はさくらんぼの産地で、「名川チェリーセンター」があり、ここではそのさくらんぼや加工品をはじめ、地元の農産物が格安で手に入ります。

そして南部地区に入るとすぐに諏訪ノ平(すわのたいら)駅です。
この駅は、私事ですが以前父親が3年間勤務した場所の最寄り駅で、なじみが深い場所です。ただし、当時の特急『はつかり』は停車しないので、もっぱら隣の三戸(さんのへ)駅を利用しました。三戸駅は特急停車駅でした。
この三戸駅は三戸町ではなく南部町にあり、これは地元では有名な話です。三戸町にある城山公園は、桜の季節には花見客が大勢やってきてにぎやかになります。
ちなみに南部地区ではゼネラル・レクラークという洋梨の栽培が盛んで、これを使ったワインは飲みやすく、私も大好きです。

そして三戸駅を過ぎるとすぐに三戸町に入り、青い森鉄道の終点・目時となります。
目時は、残念ながら(?)本当に何もないところで、ここが境界駅というのもちょっとなぁ、という感じもします。


青い森鉄道だけでかなり割いてしまったので、IGRいわて銀河鉄道沿線の話を駆け足で紹介します。

目時を過ぎると川を渡り、岩手県に入ります。次は金田一温泉駅です。座敷わらしが出るとして有名な旅館「緑風荘」のあるところです。
この駅には以前特急がたまに停車しました。ここは二戸市になります。
同じく二戸市内の斗米(とまい)駅を過ぎるとすぐに新幹線の停車する二戸駅となります。
駅前には八戸同様駅ビル「ナニャート」が建ち、また駐車場も広大なものが用意されています。

続いて一戸(いちのへ)駅となります。以前の特急は二戸・一戸と連続して停車していました。その時代は一戸の方が乗降客は多いような印象を受けました。一戸「町」なのですが。
一戸町内を小鳥谷(こずや)駅・小繋(こつなぎ)駅と抜け、奥中山(おくなかやま)高原駅に至ります。
奥中山高原はJR東北線時代には「奥中山」という駅名でしたが、IGRいわて銀河鉄道になった際に改称されました。近くに奥中山高原スキー場があり、沿線で最も雪深いところだからです。
余談になりますが、不思議な事にここ奥中山高原から北に向かっていくとだんだん雪は少なくなっていき、八戸に来るとほとんどなく、再び雪深くなるのはさらに北上した野辺地(のへじ)付近になります。

岩手町に入り御堂(みどう)駅、そして再び新幹線と接続するいわて沼宮内(ぬまくない)駅となります。
「沼宮内」から新幹線開通と同時に改称したこの駅も、以前は一部の特急が停車する事がありました。

岩手川口(いわてかわぐち)駅を過ぎ玉山村に入り、好摩(こうま)駅となります。ここから秋田県の大館に向かってJRの花輪線が伸びています。八幡平・安比高原を抜けていく風光明媚な路線です。
そのJR花輪線は、好摩−盛岡間ではIGRいわて銀河鉄道に乗り入れる形となり、JRからの線路使用料としての収入が期待できます。

渋民(しぶたみ)駅は石川啄木のゆかりの地で、次の滝沢(たきざわ)駅も同様です。
次の巣子(すご)駅は、2006年3月18日に開業した新しい駅です。駅舎にはコミュニティ施設も併設しています。付近には巣子ニュータウンなどもあり、盛岡のベッドタウンとなってきています。
そしていよいよ盛岡市に入り、厨川(くりやがわ)駅はすでに盛岡市の市街地といった雰囲気です。
次の青山(あおやま)駅も、巣子駅と同日に開業した新駅です。
そしてほどなく終点の盛岡駅となります。


ところで、好摩・渋民から盛岡方向は、新駅が開業していることからもうかがえるように、盛岡市への通勤通学路線といっても良いほどの混雑を見せます。しかし、八戸側は、三戸あたりから北は似た様子ともいえますが、盛岡側ほどの混雑はありません。それほど人口の多い場所を通らないからです。そのため、今後の経営状態が心配されています。

青い森鉄道とIGRいわて銀河鉄道では、JR東北本線の一部だった頃と比較して電車の本数を増発し、より利用しやすいようにして需要を喚起する努力をしています。
しかし、第三セクターの宿命としてJRの頃に比べ運賃が上がるなどマイナス要素もあります。また青い森鉄道側では、現在の路線には乗降客の特に多い駅というのが存在せず、残念ながら運賃収入も多くは望めません。

今後東北新幹線八戸−新青森間開業時には、在来線の八戸−青森間を引き継ぐことになります。それまでの間の営業努力によって、青い森鉄道の未来が明るくなるかどうかが決まるといえるでしょう。

■車両・ダイヤについて
青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道で保有している車両は、俗に「青い森701系」や「IGR701系」などと呼ばれることもありますが、どちらもJR東日本で使用されている701系と同様で、青い森鉄道はステンレスボディにブルーのラインを、IGRいわて銀河鉄道はブルーと細いイエローのラインを巻いています。
IGRいわて銀河鉄道はロゴマークを入れるなどしていますが、青い森鉄道は社名を前部に入れただけのどちらかといえばシンプルな(悪くいえば殺風景な?)外観になっています。

IGRいわて銀河鉄道701系この701系車両は、青い森鉄道が1編成新造、1編成がJR東日本からの譲受で合計2編成を保有し、IGRいわて銀河鉄道は3編成新造、4編成譲受で7編成を保有していますが、両社直通運転をしているので、運用も区分なくされています。ただし、現在のところ青い森鉄道は部分開業に留まっており営業区間も短いため、これらの車両の管理はIGRいわて銀河鉄道が行っています。

両社の701系共ロングシートで、ワンマン運転のためワンマン化改造がされており、扉は押しボタンも設置された半自動、運行は基本的に2両編成で行われます。増結された場合は車掌が乗務しますが、車掌はIGRいわて銀河鉄道にしかいないため編成の長い車両はIGRいわて銀河鉄道の車両での運用となります。

ところで、「車両・ダイヤ」の話からは逸れてしまいますが、青い森鉄道はいわゆる「上下分離方式」を採用しています。
この方式とは、青い森鉄道は電車の運行のみを行い(第二種鉄道事業者)、線路や車両などの設備に関しては全て青森県が所有し保守管理も行います(第三種鉄道事業者)。このために電車の運行=上と、線路の管理=下が別団体のために「上下分離方式」といわれ、こうした形式は全国初のケースになります。

こうすることにより、高額にならざるを得ない最初の線路や設備の買取代金や、今後の保守・更新費用は青い森鉄道が負担することなく運営だけに専念でき、収益が少ないと考えられる青い森鉄道の経営を成立させることができるようにしています。
ちなみに、IGRいわて銀河鉄道は設備も運行も全て自社で行う方式で(第一種鉄道事業者)、これは、既に同方式の第三セクター・三陸鉄道が岩手県には存在し、違う扱いにはできなかったからだとも言われています。

さて、利用客が少ないと言われるこの区間ですが、盛岡寄り・八戸寄りは通学・通勤客もあり需要はあるのですが、JR時代は運行本数が多くはありませんでした。
そこで、需要を喚起し地元に密着した鉄道とするために両鉄道とも大幅に増発を行いました。
移行当初、盛岡側では上下61本から75本に、八戸側では上下27本から40本に増発。八戸−盛岡間を直通する電車も上下16本から29本に増やされています。

そして、少しでも速達性を確保するため、上下合わせて当初8本、現在4本の快速電車も設定されました。
快速電車の途中停車駅は、三戸・二戸・一戸・いわて沼宮内・好摩・滝沢で、一部の電車は奥中山高原、厨川、渋民、青山、巣子にも停車します。これまでの特急停車駅にいくつかの駅を加えたような形です。
この快速電車は最高時速100kmで走り、まずまず俊足。盛岡−八戸間の所要時間も1時間半前後と、特急時代より15分ほど遅い程度です。

輸送客の少ない谷となるいわて沼宮内−一戸間でも、ほぼ1時間に1本の電車が(最大では2時間ほど開く時もありますが)来るようにダイヤを組み、より地域に根ざした鉄道を目指して運行されています。

さらに、八戸駅ではJR八戸線の一部の列車(気動車)が乗り入れて一戸まで、好摩駅ではJR花輪線の気動車が乗り入れて盛岡まで運転されます。さらに、北海道へ向かう寝台特急「北斗星」や「カシオペア」なども両社線の中を走り抜けるほか、JR貨物の貨物列車も通過します。
特に貨物列車は本州と北海道を結ぶ大動脈の一部になっており、当初迂回も検討されましたがそのまま両社線を通過することになったため、両社線共に複線・電化が維持されています。

何かと維持費のかかる複線・電化ですが、せっかくのこの設備を活用し、今後はもっといろんな車両が走ることを期待しています。


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